哀愁自悠人のふぉと つれづれ

ふと出会うシーン・・・   その感動の一瞬を・・・
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2011年 03月 30日 |
古代ローマ帝政期に造られた190mx150mの楕円形闘技場。4階建の高さは60m程で4万5千人を収容したという。甲子園球場を凌ぐ大きさである。
建設した皇帝の名を冠した「フラウィウス闘技場」が本来の名前であるが、傍らにネロ帝の巨大像(コロスス)が立っていた為に「コロッセオ」と呼ばれるようになった。

朝夕の光に浮かぶ姿は壮観であるが、観客席には20分以上日光が当たらない様に工夫されている。

今、外周は半分程度しか残っていない。中世に建築物の建材として切り取られ、その大理石はサンピエトロ大聖堂にも使われている。
中世以降、教皇ベネディクトゥス14世がキリスト教徒殉教の地と定めた結果、往時の姿を今に残した。

コロッセオは1900年前から古代ローマの象徴であり続けている。

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イタリア ローマ


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2011年 03月 07日 |
「ポーリ宮殿」の壁面に設置されたバロック様式の泉。
中央に重厚な凱旋門と海神ポセイドン、左に豊饒の女神デメテル、右に健康の女神ヒュギエイアが配置されている。
古代ロ-マ時代にウィルゴ水道の終点として作られたが、途中1762年に場所を変えサルビの設計で今の場所に完成した。
叶い事をコイン投げで願うこの泉、右側に愛の水(L'acqua dell'amore)と言われる永遠の愛を誓う小さな泉もある。
前面の動きのある演出の白い彫刻に見入ってしまう。

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イタリア ローマ


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2011年 02月 28日 |
直径42m、高さ132m、天井窓から漏れる光が天蓋を一層大きく見せる。
1546年、ミケランジェロ71歳の時のデザインで、完成はミケランジェロ没後62年のこと。
天蓋の16の窓から入る光が絵画や彫刻を照らし、壮麗さ、神秘さを醸し出している。
サンピエトロ大聖堂の施された装飾、納められた彫刻、絵画、鍍金ブロンズ4本柱の主祭壇。

どれをとっても他を寄せ付けない荘厳さである。

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イタリア バチカン市国


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2011年 02月 21日 |
サン・ピエトロ寺院を中心に4列372本のドーリア式大柱廊が左右にカーブを描いて楕円形の広場を囲む。大柱廊の上からは140人の聖人像が来訪者を眺めている。
1656年に着工され、1667年に完成したこの列柱。広場の中央にある一点から見ると、回廊の左右に広がるこれらの4列の柱がぴったり重なって1列に見え、洗練さが一層強調される。
広場にはマデルノの噴水とエジプトから運ばれたオベリスクも配置され、直径240m、約30万人を収容する。

教皇アレクサンデル7世とジャン・ロレンツォ・ベルニーニが手がけたサン・ピエトロ広場とコロンナート。傑作である。


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イタリア バチカン市国


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2011年 01月 01日 |
世界最大級とも言われるイタリア最大のゴシック建築は、いつ訪れても壮麗な美しさを誇っている。
この大聖堂は、ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティにより1386年に着工され、約500年余りを掛けて建築は完成し、今も繰り返し修復が繰り返されている。
全長158m、幅93m、高さが108m。内部は11,700㎡を有し、天に向かってそびえたつ135本の尖塔、外部の2,245体の彫刻との融合美が素晴らしく飾られ、内部にも1,300体の彫刻がおさめられている。

珍しく晴れた日、冬の光を浴びる壮大な姿を切り取ってみた。


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イタリア ミラノ


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2010年 12月 22日 |
古くからある建物の屋根や樹齢を重ねた大木、清流の脇の岩などに付いた苔は鮮やかな緑を放ち、清々しく、ひっそりとして美しいと感じる。
最近は使われなくなった「苔むす」の言葉であるが、「苔むす」という言葉は、万葉集の中では年月の経過や永劫として、平安以後の歌ではコケの美しさ、静けさ、清々しさを歌われている。
 「むす」の漢字は「生」と「産」が当てられ、「生」は植物が土中から出て成長する事。「産」は草木の新芽が成長する事を意味し、同じ系列の言葉「むすぶ」は、「生す子」;息子、「生す女」;娘を生む男女の「結び」だと言われる。
君が代に詠われている「苔むすまで」も、苔が生えるまで長く、結んで末長く発展する事を意味しているらしい。

苔のある風景にはそれぞれに様々な趣があり、長年にわたる命を育む力強さと静寂、孤独と云った情緒を感じる。

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奈良県 宇陀市


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2010年 12月 18日 |
 ミケランジェロの遺作「ロンダニーニのピエタ」を見に、レオナルド・ダ・ヴィンチも装飾に携わったスフォルツェスコ城(スフォルッツァ城)を久しぶりに訪れた。

 この城は、ミラノがイタリア半島の北イタリア玄関口に位置する為、勢力争いが絶えない中、ヴィスコンティ家が1277~1447年の支配時に旧市街の北西部センピオーネ公園に築いた城である。
その後の統治者となった軍人フランチェスコ・スフォルツァの時代(1450年頃)から多くの改築が繰り返されている。
 15~16世紀にかけてフランスや神聖ローマ帝国、スイス、オーストリア等ヨーロッパ各国の覇権争いの中でもスフォルツァ家が支配を続けたが、スフォルツァ家の血筋が途絶えた1535年のスペインの統治の後、歴代の君主たちによって城の防御の為の改築が度々加えられた。
17世紀の初めにはルネサンス時代の優雅な城というよりは中世の堅固な要塞の赴きを漂わせるヨーロッパでも1、2を誇る堅固な要塞となった。
 1733年にフランス軍ルイ15世の攻撃で半壊し、1800年にはナポレオン征服により城壁の一部を取り壊されたが19世紀初め頃に修復が完成した。
 正面のフィレーテ塔の周囲は回廊が巡り、左右に延びた城壁の両端に円筒状の隅櫓が建ち、一辺約200mのほぼ正方形で内側に広い中庭がある面白い城である。

 レオナルド・ダ・ビンチはフランス軍がこの町を占領した時一旦ミラノを去るが、再訪後1482年頃から17年間ミラノ公ルドヴィーゴ・スフォルツァに仕えて城の装飾に携わったとされ、20世紀初め頃になって装飾を施した
「アッセの間」が発見されたのである。15世紀頃、ミラノ派とよばれる画派を生んだルネサンス芸術がミラノに花開いた時代である。

現在、スフォルツェスコ城の内部は市立美術館として無料公開され、ミケランジェロの「ロンダニーニのピエタ(未完)」のほか彫刻コレクションやマンテーニャやティントレットをはじめとした絵画や衣装・工芸品などを数多く展示。そのほか、エジプト遺物を中心とした考古学博物館や中世の武器・鎧博物館、楽器博物館など幅広いジャンルの市民美術・博物館として展示がなされている。

ミケランジェロが死の直前まで彫っていたという「ロンダニーニのピエタ」、ピエタとは聖母マリアが十字架からおろされたキリストを抱き上げるシーンの宗教画らしい。


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イタリア ミラノ


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2010年 07月 10日 |
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梅雨の最中、ひと時の午後の日差しにいろどりの景色。
気持ちも少しはカラッと・・・・・・・・・・

兵庫県 神戸市


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by Live-free | 2010-07-10 20:11 |
2010年 07月 01日 |
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街を歩いていて気になる光景があった。

重厚そうな朽ちかけた鉄扉に奇妙な屋号と張り紙。  何か気になる・・・閉ざされた扉の向こうで〇〇〇騒ぎ?!
開けて入ってみるか・・・・・・・・・ダメ?

兵庫県 神戸市

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2010年 06月 15日 |
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兵庫県 姫路市

自然に苔や雑草が生えた石垣塀は、重ねた風雪と歴史の長さを醸し出す。
瀬戸内海沿岸には、石垣の材料となる花崗岩の産地が多く、西日本には歴史を刻む石垣塀が多く残っている。


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